最先端の半導体をつくるEUV露光装置は、光を空気の中に通せません。鏡で反射させ、真空の筒の中を13.5ナノメートルの光が走ります。その行く手に、厚さ数十ナノメートルの膜が一枚だけ置かれています。フォトマスクを守るペリクルと呼ばれる部品です。2026年10月30日、この膜をグラフェンでつくろうとしている茨城県つくば市のスタートアップ、エアメンブレンが約8.5億円を調達したと発表しました。
世界初の量産化を掲げる挑戦ですが、発表された数字の大半は「これから測る」ためのものです。何が決まっていて、何がまだ決まっていないのか。発表資料と公開研究を突き合わせながら、順に整理していきます。
EUVペリクルとは何か——フォトマスクを守る薄い膜
半導体の回路は、原版となるフォトマスクのパターンをウエハーに焼き付けてつくります。この原版にゴミが付くと、同じ欠陥が何百個ものチップに複製されてしまいます。
ペリクルは、フォトマスクの表面から少し浮かせて張る防塵膜です。異物は膜の上に付き、焦点がずれるためパターンには写りません。膜は光を2回通ります。行きと帰りで2回分の損失が出るため、透過率は1回の数字より厳しく効いてきます。
DUV露光では193ナノメートルの光を使うため、透過しやすい素材を選べました。EUVに変わった瞬間に、この部品は材料科学の難題へと姿を変えます。膜の厚さは数十ナノメートル、分子が数十個並ぶ程度の世界です。ここで素材の選び方が、装置の性能を左右するようになりました。
なぜEUVだけ難しいのか——ほぼすべての物質に吸われる光
EUVの波長は13.5ナノメートルです。X線に近い性質を持ち、空気にもレンズにも吸収されます。露光装置が真空の筒と多層膜ミラーで組まれているのは、このためです。
ペリクルも同じ制約を受けます。膜は光を吸収して400〜1000℃まで熱くなります。さらに真空漕内では水素プラズマが膜の表面を少しずつ削ります。薄くすれば光は通りますが、破れやすくなります。
三井化学の担当者は産総研の取材に対し、当初はEUVペリクルの実用化はほぼ不可能だと考えられていたと話しています。透過率、耐熱、化学的安定性、機械強度という4つの条件を同時に満たす必要があるからです。しかも膜は消耗品です。露光を重ねるうちに透過率が落ち、交換のタイミングが訪れます。
【比較表】ペリクルは4世代目に入った
実用化の歴史をたどると、材料の交代が透過率の向上と重なっていることが分かります。膜は薄いほど光を通しますが、薄いほど壊れやすくなります。この綱引きの中で、材料そのものを取り替える方向へ進みました。世代ごとに何が変わったのかを並べます。
| 世代 | 主な材料 | 1回透過率の目安 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 第1世代 | ポリシリコン単層 | 約82% | 2021年に量産開始。高出力化で限界 |
| 第2世代 | MoSi₂/Si多層膜 | 約90% | 現在の主流。膜厚と強度の両立が難しい |
| 第3世代 | CNT(カーボンナノチューブ) | 約94% | 三井化学が2027年の搭載を目標 |
| 第4世代 | グラフェン | 開発中 | エアメンブレンが量産を目指す |
1回の透過率が90%なら、2回通すと81%になります。94%なら約88%です。数ポイントの差が、光源の負荷とスループットに直結します。膜一枚で装置の電力効率が変わる、というと大げさに聞こえますが、EUVの世界では実際にそうなります。
エアメンブレンは何を解こうとしているのか
グラフェンは炭素原子が一層に並んだ材料です。薄さと熱伝導性に優れる一方、大面積で欠陥なく扱うのが難しい素材でもあります。同社は2017年創業。産総研で培った連続合成と自動転写の技術を基盤にしています。
発表では、従来比100倍以上の合成速度を実現したとしています。転写工程を自動化し、微細な欠陥や汚れを抑える仕組みです。合成と転写を一体で開発したことで、グラフェン本来の品質を保ったまま膜にできると説明しています。
ただし、この100倍という数字の比較条件は公開されていません。第三者の測定データも見当たりません。現時点では同社の主張として受け取るのが妥当です。製品群にはグラフェン電界効果トランジスタやTEMグリッドもあり、薄膜をつくる会社としての履歴は長めです。研究段階の素材を、装置で扱える部品の形に仕上げる力が問われる領域だといえます。
8.5億円の中身——出資と融資と助成は同じお金ではない
発表された約8.5億円は、すべてが返済不要の資金ではありません。内訳を分けて読む必要があります。同じ金額でも、返済の要るお金と要らないお金では、事業の自由度が違ってきます。
第三者割当増資の引受先は、グローバル・ブレイン9号ファンド、JR東日本が主な出資者となる高輪地球益ファンド、新韓-GBフューチャーフロー、エースタート、ケイエスピー、三菱UFJキャピタル9号です。リード投資家はグローバル・ブレインが務めました。
これに三井住友銀行の融資と、NEDOのGX分野ディープテック支援事業の採択が加わります。NEDOの交付決定額は2億9,300万円、事業期間は2025年度から2027年度までです。累計調達額は約10億円とされていますが、これは出資・融資・助成の合計です。
2027年に測り、2028年に造る——量産の前に計測を置いた理由
同社のロードマップは、いきなり量産から始まりません。2027年のパイロット生産、2028年の量産ラインという2段構えです。2027年の目的は、欠陥・均一性・寿命を高精度に管理する計測体制の構築だと明記されています。
膜をつくれることと、規格を満たす膜を同じ品質で作り続けられることは別です。量産の判断で見られるのは最高値ではなく再現性になります。実用サイズの膜を何枚つくり、何枚が規格を通過したか。ロットをまたいで膜厚と透過率が揃うか。高出力のEUVと水素環境でどれだけ性能を保てるか。発表資料が計測を前面に出したのは、この段階を意識した表れだと読めます。装置と評価手法をゼロから設計する必要があるためです。
顧客名、販売数量、価格、歩留まりはいずれも公表されていません。投資家が参加したことは、顧客が採用したことを意味しません。この区別は、発表を読むときに見落としやすいところです。資金が集まっても、顧客ごとの評価には時間がかかります。設備と人員の負担が先に膨らむ展開も、この産業では珍しくありません。
High-NA EUVは、もう量産段階に入っている
ペリクルに求められる性能は、露光装置の世代とともに上がります。2026年9月のSEMICON Taiwanで、ASMLはHigh-NA EUVが量産段階に入ったと公表しました。世界の4社の工場で10台が稼働し、累計の露光量は135万枚を超えています。
認証済みのEXE:5200Bは、受け入れ試験で毎時135枚のスループットと稼働率84%を記録しました。2026年末に90%、その先は93%を目標に掲げています。インテルの18Aプロセスはこの装置を使い、Panther Lakeを量産しています。High-NAが高量産のロジック製品に使われた最初の例です。
光源出力は600Wから1000Wへ引き上げられ、2020年代末には毎時180枚を狙います。出力が上がるほど、膜の耐熱と寿命への要求は厳しくなります。0.55という高い開口数を活かすには、光を無駄にしない膜が要るという関係です。High-NAは一度に焼ける範囲が半分になるため、2回に分けて継ぎ足す工夫も求められます。膜の均一性は、その継ぎ目にも影響します。
競合は国内だけではない——CNT、グラフェン、シリコンの現在地
ペリクル市場は金額が小さく、参入できる企業は限られています。だからこそ、素材の選択が勝負を分けます。供給先が数社に集中しているため、1社の量産可否が先端半導体の計画に影響します。公表されている範囲で並べると、次のようになります。
| 企業 | 材料 | 公表されている性能 | 状況 |
|---|---|---|---|
| 三井化学(日本) | CNT | 1回94%・3回換算83%・寿命5,000〜1万枚 | 2027年のNXE:3800F搭載を目標 |
| Canatu(フィンランド) | CNT | 非公表 | imecと2015年から共同開発 |
| S&S Tech(韓国) | 多層膜 | 90%超 | 2021年に開発を公表 |
| FST(韓国) | EUV向け | 非公表 | 開発段階 |
| エアメンブレン(日本) | グラフェン | 非公表 | 2028年の量産ラインを計画 |
先端半導体メーカーが求める寿命は3万枚以上とされます。三井化学のCNTペリクルは5,000〜1万枚にとどまり、ここが最大の課題と見られています。透過率を犠牲にせず寿命を伸ばせるか。問いはどの素材にも共通です。
市場規模は2025年の1億200万ドルから2032年に1億8,400万ドルへ拡大する見通しです。年平均成長率は8.9%。金額だけを見れば小さい市場ですが、代替のきかない部品であることに変わりはありません。
数字の読み方——87.2%と90%のあいだにある距離
グラフェンの透過率は、研究の世界でもう一段の壁に当たっています。公開研究では、100mm角のグラファイト膜で、30mm角の測定領域の平均透過率87.2%、相対標準偏差0.78%という報告があります。
実用条件として求められるのは、90%超の透過率と110mm×140mmの大面積での均一性です。測定領域を広げるほど、ばらつきは増えます。実験室の最高値と、量産ラインの中央値は別物になります。
NEDO資料が示す目標は、膜の適用によって露光装置の消費電力を1〜3%削減し、廃棄ウエハーを減らすことです。これは達成済みの実績ではなく、事業の目標値です。私の見方では、この1〜3%は地味な数字に見えます。しかし装置1台が数百億円規模で、稼働率が売上を決める世界では、意味が変わってきます。
【FAQ】グラフェンEUVペリクルに関するよくある質問
ここまでに出てきた疑問を、表にまとめました。発表の数字と、まだ確定していない数字を分けて確認する助けになれば幸いです。答えが「未公表」の項目は、それ自体が現在地を示しています。
| 質問 | 回答 |
|---|---|
| グラフェンEUVペリクルとは何ですか? | フォトマスクを異物から守る防塵膜を、炭素原子の薄膜であるグラフェンでつくる技術です。 |
| なぜシリコン系ではだめなのですか? | 高出力のEUVでは膜が高温になり、シリコン系では薄さと耐久性の両立が難しくなるためです。 |
| エアメンブレンはいつ量産しますか? | 2027年にパイロット生産、2028年に量産ラインを立ち上げる計画です。ただし顧客採用は未公表です。 |
| 8.5億円はすべて出資ですか? | いいえ。第三者割当増資に、銀行融資とNEDOの助成を合わせた総額です。 |
| 三井化学との関係はどうなりますか? | 競合関係です。三井化学はCNT、エアメンブレンはグラフェンで、出発点の技術は同じ産総研にあります。 |
| 投資判断で最初に見るべき数字は? | 調達額ではなく、実用サイズでの透過率のばらつきと、膜の寿命、パイロットの歩留まりです。 |
まとめ——膜一枚が、量産の歩調を決める
半導体の微細化は、露光装置とレジストとマスクの総合力で進みます。ペリクルはその中でも地味な部品です。しかし膜がなければマスクは汚れ、歩留まりは落ちます。地味な部品が、量産の歩調を決めているのです。日本の素材メーカーは、この領域で世界の供給を支えてきました。レジスト、塗布現像装置、マスク検査と並んで、ペリクルもその一つです。
三井化学はCNTで、エアメンブレンはグラフェンで、同じ産総研の技術を出発点に別の道を進んでいます。どちらが先に3万枚の寿命を満たすか。2027年と2028年が一つの分岐点になります。片方は量産の実績を持ち、もう片方は装置と工程をこれから組む立場です。立場は違っても、目指す数字は同じ3万枚です。
私はこの発表で、金額より2027年の計測体制に注目しました。量産の前に測る仕組みを置いた会社は、やがて数字を開示できます。次に見るべきは、パイロットの歩留まりと顧客の評価です。
半導体素材の動きは、学会発表や展示会の資料で少しずつ公開されます。気になる方は、SEMICON Japanの講演資料を確認してください。材料の世代交代は、静かに、しかし確実に進んでいます。次の発表を、一緒に追いかけ始めましょう。


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