2026年4月1日、日本のスタートアップの「採用の武器」が大きく変わりました。非上場会社のストックオプション(SO)に対する課税制度が改正され、従業員に株式を渡しやすくなったのです。同時に、OpenAI Japanなどの外資系AI企業が東京で年収2,000万円超のオファーを連発し、人材争奪戦は激しさを増しています。本記事では、改正の内容から人材市場の最新動向、今後の課題までを分かりやすく解説します。税制の専門知識がなくても理解できるよう、具体例を交えながら進めていきます。SOを活用したい経営者にも、将来の選択肢を知りたい従業員にも役立つ内容です。
ストックオプション税制改正とは?2026年4月に何が変わったのか
ストックオプションは、スタートアップが従業員に「将来、決まった価格で自社株を買える権利」を渡す制度です。会社が成長して株価が上がれば、従業員は安い価格で株を取得できるため、給与が低くても優秀な人材を引き留める武器になります。
ところが旧制度では、税制適格SO以外のSOに「発行時課税」という問題がありました。特に行使価額1円のSO(いわゆる1円SO)を発行すると、発行時点で経済的利益が発生したとみなされ、給与所得として課税されるケースがありました。会社がまだ成長しておらず、株を現金化できない段階で多額の所得税が発生するため、スタートアップはSOを自由に使えなかったのです。
この問題を解消したのが、2024年12月に決定された令和7年度税制改正大綱です。非上場会社が発行するSOについて、発行時課税をやめ、「権利行使時」または「株式譲渡時」に課税を一本化しました。改正法は2025年3月に成立し、2026年4月1日から施行されています。
この改正で、1円SOを発行しても発行時点では税金が発生しません。スタートアップは、キャッシュを使わずに優秀な人材へ報酬を渡せるようになりました。まさに、人材獲得競争の土俵を変える制度改革といえます。
旧制度の問題点——「1円SO課税」が採用競争力を奪っていた理由
なぜここまでの改正が必要だったのか。旧制度の構造的な問題を整理します。旧制度では、税制適格SO(一定の要件を満たすSO)であれば発行時非課税でしたが、適用には役員以外の従業員に限定する、行使期間が10年以内など、厳しい要件がありました。
要件を満たさない非適格SOは、発行時点で「発行時時価−行使価額」の差額が給与所得とみなされました。特に1円SOの場合、この差額がほぼ株式の時価そのものになるため、会社がまだ評価を高めていない段階でも大きな課税が発生します。未上場企業の株式には流動性がないのに、現金で税金を払わなければならないという不合理な状態でした。しかも、この課税は給与所得として扱われるため、税率が高くなる傾向がありました。
このため、多くのスタートアップはSOの付与を控えたり、高額な現金給与を用意できる大企業や外資系企業に人材を奪われたりしていました。実際、スタートアップの経営者からは「優秀なエンジニアにSOを渡したくても、税負担の説明が難しかった」という声が長年上がっていました。私の知人が経営する会社でも、優秀な人材を現金給与で引き留めるのが限界で、SOの活用を諦めたケースがありました。私はこの話を聞いたとき、制度が人材獲得に与える影響の大きさを実感しました。
2023年の令和5年度改正で適格SOの要件緩和が進み、2026年の改正で非適格SOの発行時課税が撤廃されました。ここまでの一連の流れで、スタートアップの報酬設計の自由度は大きく広がったといえます。
新制度の核心——行使時・譲渡時課税への一本化で何が変わるか
新制度のポイントは、課税のタイミングを「実際に利益を得たとき」にそろえたことです。発行時は非課税となり、権利を行使した時点で「行使時時価−行使価額」の差額が給与所得として課税されます。その後、取得した株式を売却したときの売却益は譲渡所得として課税されます。
つまり、会社が成長して株価が上がり、従業員が実際に権利を行使して利益を得た段階で税金が発生します。株を現金化できないうちに課税される旧制度の問題が、制度設計のレベルで解消されたのです。
対象となるのは、内国法人である非上場会社が発行するSOです。上場会社や上場予定会社は対象外となります。役員・従業員に対して付与されるSOが主な対象で、譲渡制限などの細かい要件は財務省の資料で確認できます。
なお、2026年3月31日以前に発行されたSOは旧制度が適用される経過措置があります。すでにSOを保有している従業員は、自分の保有分がどちらの制度になるかを確認しておくとよいでしょう。
外資AI企業の東京進出——年収2,000万〜5,000万円の現実
税制改正と並行して、東京のAI人材市場は激変しています。OpenAIは2024年4月に東京オフィスを開設し、日本市場への本格参入を宣言しました。Google DeepMindの東京拠点や、Anthropicなど他のAI企業も日本での採用を強化しています。
外資系AI企業が提示するエンジニアの年収は、報道ベースで2,000万円から5,000万円に達します。一方、日本のAIエンジニアの平均年収は650万円から800万円程度とされており、外資系トップ企業と国内市場の間には大きな差があります。この差は、ジュニア層よりもシニア層で特に顕著になっています。
この二層構造が、国内スタートアップの採用戦略を大きく変えています。現金給与では外資系に太刀打ちできないため、SOをはじめとする株式報酬が「差別化の切り札」になるのです。税制改正によってSOを柔軟に使えるようになったことは、国内スタートアップにとって追い風といえます。
経済産業省の調査では、2030年にIT人材が最大約79万人不足するという試算があります。これはIT産業全体の数字ですが、AI人材に限ればさらに深刻です。限られた人材を巡る争奪戦は、今後ますます激化すると予想されます。
【比較表】スタートアップが使える報酬制度の選択肢
では、実際にスタートアップはどの報酬制度を使えばよいのでしょうか。主な選択肢を比較しました。
| 制度 | 税制上の扱い | メリット | デメリット |
|---|---|---|---|
| 税制適格SO | 行使時まで課税なし | 発行時非課税で制度が安定 | 対象者や行使期間の要件あり |
| 非適格SO(新制度) | 行使時・譲渡時に課税 | 1円SOが使いやすく自由度が高い | 要件の確認が必要 |
| 現金給与 | 給与所得として課税 | 即時性があり理解しやすい | キャッシュ負担が大きい |
| 譲渡制限付き株式(RS) | 権利確定時に課税 | 株主としての帰属意識が高まる | 発行時の評価・資金が必要 |
注目すべきは、新制度で非適格SOの自由度が増したことです。特に資金調達直後のスタートアップでは、1円SOを使ってキャッシュを温存しながら人材を確保する戦略が現実的になりました。
出口戦略の新潮流——従業員SOセカンダリー市場の拡大
税制改正でSOの「持つ価値」は上がりましたが、次の課題は「現金化の出口」です。未上場株式は売却市場が限られており、いくら価値が上がっても換金できなければ意味がありません。
この課題に応えるのが、従業員向けSOセカンダリー市場です。2026年7月には、気候テック企業のアスエネがブラックロックなどからの資金調達とあわせて、日本初の従業員SOセカンダリーを実施したと報じられました。未上場のままでも、従業員が保有するSOの一部を現金化できる仕組みです。
海外では、Forge GlobalやEquityZenなどのプラットフォームが未上場株式のセカンダリー市場を形成しています。こうした市場は、従業員が会社を辞めるときに保有株を売却できる仕組みとして定着しつつあります。日本でも、この流れを受けて国内プラットフォームの整備が進んでいます。ブラックロックは2024年にデータプロバイダーのPreqinを約32億ドルで買収するなど、プライベート市場への投資を世界規模で拡大しており、その延長線上に日本のSOセカンダリー市場があります。
SOセカンダリーが普及すれば、「入社時のSO」の価値が飛躍的に高まります。スタートアップが大型SOを付与しやすくなり、人材獲得競争における武器としての意味合いがさらに強まるでしょう。
データで見る人材不足——79万人不足の衝撃とスタートアップの課題
スタートアップの人材難は、数字で見るとより深刻です。経済産業省の調査(2019年公表)では、2030年にIT人材が最大約79万人不足すると試算されています。これは全産業を対象とした数字であり、スタートアップが直接使える人材はさらに限られます。
政府は2022年に「スタートアップ育成計画」を策定し、5年間で投資額を10倍にする目標を掲げました。資金面の支援は拡充されつつありますが、肝心の「人」が不足していては、受け皿となるスタートアップ自体が成長できません。
実際、スタートアップ経営者の多くが採用難を最大の経営リスクとして挙げています。資金調達が成功しても、その資金を活かす人材がいなければ事業は前に進みません。給与面では大企業や外資系に劣るケースが多いため、ビジョンや成長性、そしてSOのような株式報酬で魅力を伝える必要があります。今回の税制改正は、この「人材面のハンデ」を補う重要な政策といえるでしょう。
残る課題——行使時の資金負担とキャップテーブル管理
新制度には課題もあります。まず、権利行使時に発生する給与所得税です。未上場株式は換金が難しいため、行使時点で税金を払う資金を用意できない従業員もいます。この点を解決するため、会社が税金相当額を立て替える制度や、売却と同時に行使する仕組みの整備が求められます。また、行使後に株価が下がった場合のリスクも理解しておく必要があります。
また、SOの大量発行は株式の希薄化を招きます。株主構成や発行済み株式数を管理する「キャップテーブル」の管理が複雑化し、次回の資金調達に影響する可能性もあります。税制が変わったからといって、何も考えずにSOを発行するのは危険です。
さらに、税制優遇を悪用する事例も出ています。2026年7月には、エンジェル税制を悪用したとされる所得税の脱税容疑で会社役員が逮捕される事件が報じられました。制度の趣旨を超えた利用には、当局の監視が強まっています。正しく制度を使うことが、スタートアップ全体の信頼につながります。
【FAQ】ストックオプション税制改正に関するよくある質問
読者の皆さんから寄せられそうな疑問を、Q&A形式でまとめました。制度の細部は専門家へ相談してください。基本的な考え方を知っておくと理解が深まります。
| 質問 | 回答 |
|---|---|
| 1円SOは本当に無税で発行できますか? | 発行時点では非課税です。課税は権利行使時または株式譲渡時になります。 |
| 上場企業でも新制度は使えますか? | 対象は非上場会社です。上場会社や上場予定会社は対象外になります。 |
| すでに保有しているSOはどうなりますか? | 2026年3月31日以前に発行された分は旧制度が適用される経過措置があります。 |
| SOの価値はどうやって決まるのですか? | 行使時時価から行使価額を引いた差額が経済的利益になります。 |
| 従業員がSOを現金化する方法はありますか? | IPOやM&Aのほか、近年は従業員向けSOセカンダリー市場も拡大しています。 |
まとめ——人材戦争の新時代を生き抜くために
2026年4月のストックオプション税制改正は、日本のスタートアップに大きな追い風をもたらしました。1円SOが使いやすくなり、キャッシュを温存しながら優秀な人材に報酬を渡せるようになったのです。外資系AI企業との年収格差を、株式報酬で埋める戦略が現実的になりました。人材戦争の時代に、報酬の選択肢を増やせるかどうかが企業の成長を左右します。
一方で、行使時の資金負担やキャップテーブル管理など、乗り越えるべき課題もあります。制度を正しく理解し、自社に合った形で活用することが重要です。これから起業する人も、スタートアップへの転職を考える人も、SOの仕組みを知っておいて損はありません。私自身、この制度改正をきっかけにSOの重要性を改めて実感しました。ぜひ、この機会に自社や自分のキャリアにおける選択肢を考えてみてください。まずは、自社のSO制度を確認することから始めましょう。新しい制度を活用して、次のステージへ進む準備を整えていきましょう。


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