東証グロース市場の「100億円の壁」——上場維持基準の厳格化が変えたスタートアップの出口【2026】

スタートアップ

2026年、日本のスタートアップの「出口」が静かに変わりつつあります。上場すれば安心という時代は終わり、上場したあとに問われる時代へ。その象徴が、東京証券取引所グロース市場の上場維持基準「上場5年経過後、時価総額100億円以上」です。

一方で、買収による出口は過去最多ペースで増えています。本記事では、2026年9月から10月にかけて公表された一次情報をもとに、日本のスタートアップの出口がどこへ向かっているのかを整理します。私の印象では、今回の変化は「市場制度の変更」ではなく「成長の定義の変更」です。

何が変わったのか——グロース市場「100億円の壁」の正体

東京証券取引所は2025年12月8日、グロース市場の上場維持基準の見直しを含む有価証券上場規程等の一部改正を施行しました。新しい基準は「上場5年経過後、時価総額100億円以上」です。現行の「上場10年経過後、時価総額40億円以上」から、期間と金額の両方が厳しくなりました。

適用は2030年3月1日以後に最初に到来する事業年度の末日からです。つまり、2026年に上場した企業も、数年後の基準達成を見据えた経営を迫られます。猶予はあるように見えて、事業計画の作り方にはすでに影響しています。

さらに東証は2025年12月9日、「グロース市場の上場維持基準見直しに伴う対応について」を公表しました。ガイドブックには、時価総額が100億円未満の場合に基準への適合を意識して検討するよう求める文言が追加されています。本来は上場後に適用される基準を、上場前から意識させる内容です。

【比較表】新旧の上場維持基準と、求められる企業像

何がどれだけ厳しくなったのかを、数字で確認しておきましょう。期間が半分になり、金額は2.5倍です。単純な掛け算で、求められる成長速度は5倍になったと考えることもできます。

項目見直し前見直し後
時価総額の水準40億円以上100億円以上
判定までの期間上場10年経過後上場5年経過後
適用開始現行基準2030年3月1日以後に最初に到来する事業年度末日
上場前の扱い特段の言及なし上場準備段階から基準到達を意識するようガイドブックに追記

日本経済新聞の2026年6月の報道では、グロース市場で時価総額100億円未満の企業が約6割にあたる370社にのぼるとされています。基準の引き上げは、多数派にとって他人事ではありません。

数字で見る2026年——IPOは「数」より「質」へ

制度変更の影響は、新規上場の件数と規模に表れています。2026年上半期に東証へ上場したのは17社で、うちグロース市場は11社でした。2025年上半期の18社、2024年上半期の34社と比べると、グロース市場への上場は大きく減っています。

一方で、1社あたりの規模は膨らみました。日本経済新聞の集計では、2026年の東証IPOの平均時価総額が過去最高となり、初めて300億円を超えたと報じられています。小型の新規上場が減り、大きい会社だけが上場する構図です。

指標数値補足
2026年上半期の東証上場17社グロース11社・スタンダード6社
グロース市場の上場社数11社2025年上半期18社・2024年上半期34社
東証IPOの平均時価総額300億円超2026年に初の大台、過去最高
上半期の資金調達総額5,033億円前年同期比4%増、調達社数は35%減

資金調達の側でも、同じ選別が起きています。社数が35%減るなかで総額が微増し、1社あたりの平均調達額は4億2,000万円まで上がりました。お金が減ったのではなく、配られる先が絞られたのです。

9月に上場した4社が映す、出口の明暗

2026年9月には4社が新規上場し、初値の結果は大きく分かれました。同じ月に同じ市場へ上がっても、株主構成と売出しの設計次第で評価が変わる。この事実は、これから上場を考える企業にとって無視できません。

上場日会社市場初値の騰落率
9月11日KOMPEITO東証グロース-7.5%
9月16日オーディオストック東証グロース+46.6%
9月17日Skyfall東証グロース+17.3%
9月18日akippa東証スタンダード+118.2%

KOMPEITOは公開株式の約99%が既存株主の売出しという構成で、初値は公開価格を7.5%下回りました。ただし上場初日の終値は1,670円と公開価格を上回っています。需給と企業価値は別物だという好例です。

対照的なのがakippaです。グロース市場が一般的ななかでスタンダード市場を選び、上場後は中小の駐車場事業者を買収して束ねるロールアップ型のM&Aを成長の柱に据えました。数年以内に国内売上高500億円を目指すとしています。株主にはSOMPOホールディングスやDeNA、住友商事といった事業会社が並びます。

VCを入れずに上場したSkyfallのような事例も現れました。外部資本に頼らず自己資金で成長する形を、いわゆるソリッドベンチャーと呼びます。上場の形は、もはや一つではありません。

主幹事証券会社という「見えない審判」

上場のハードルを上げているのは、取引所の基準だけではありません。上場を託す主幹事証券会社の選別も、同時に進んでいます。

2025年上半期は10社が主幹事を務めましたが、2026年上半期は6社に減りました。主幹事を引き受ける証券会社が限られれば、上場を希望する企業は狭き門をくぐることになります。いわゆる「主幹事証券会社難民」という言葉も、この文脈で生まれました。

背景にあるのは、上場維持基準の引き上げを見据えた姿勢です。証券会社は上場準備の段階から、時価総額100億円以上を前提とした成長性や事業規模を求めるようになりました。基準は上場後にかかるものですが、選考は上場前から始まっているのです。

出口の多様化——プロ市場とスタンダード市場という選択肢

グロース市場の門が狭くなるほど、別の出口に注目が集まります。その代表がTOKYO PRO Market(東京プロマーケット)です。プロ投資家向けの市場で、上場後の維持基準が緩く、成長段階の企業でも使いやすいのが特徴です。

日経リサーチによると、TOKYO PRO Marketの新規上場社数は2025年に47社となり、東証グロース市場の43社を初めて上回りました。2026年も8月末までに33社が新規上場し、累計の上場社数は240社を超えています。グロース市場を敬遠する企業の受け皿として、確実に機能し始めました。

もう一つの選択肢がスタンダード市場です。akippaのように、あえてグロースを選ばない企業が現れました。上場後の買収戦略を見据えるなら、信用力と資金調達力のバランスが取れた市場のほうが合理的という判断です。

【比較表】4つの出口をどう選ぶか

出口は、上場するか否かという二択ではなくなりました。どの市場を選び、いつ買収を選ぶかという複数の組み合わせを、経営者は考える必要があります。

出口特徴向いている企業
東証グロース成長企業向け。上場5年後の時価総額100億円以上が維持基準高い成長率と大型調達を狙える企業
東証スタンダード信用力が高く、買収による成長戦略と相性が良い安定収益とM&A戦略を併せ持つ企業
TOKYO PRO Marketプロ投資家向け。維持基準が緩く、段階的な成長に対応成長途上で早期の上場を優先したい企業
M&A(買収)非公開のまま事業を引き継ぐ。手元資金と人材の確保が早い技術や人材を大手と組み合わせたい企業

M&Aが主役になる日——EXITの8割超が買収に

IPOが狭き門になるにつれて、買収は補欠ではなく主役になりつつあります。スタートアップのEXITに占めるM&Aの割合は、2015年の67%から2025年には88%へと上昇しました。10件の出口のうち9件近くが買収という計算です。

2026年上半期の数字も同じ方向を向いています。STARTUP DBの集計では、IPOが18件と前年同期比10%減った一方、買収は128件で同29%増えました。日本全体のM&A市場も活況で、2026年1月から5月の累計は622件、5ヶ月連続で月100件を超えています。

2026年9月には象徴的な案件が相次ぎました。生活110番を運営するシェアリングテクノロジーは、MBKパートナーズ系ファンドによる約391億円のTOBに賛同しました。買付価格は1株1,550円で、非公開化の憶測報道前の3ヶ月平均と比べて41.81%の上乗せです。

DX・AIコンサルティングのプロジェクトホールディングスには、テクノプロ・ホールディングス傘下から約120億円のTOBが提示されました。公表前日の終値に対するプレミアムは98.20%に達し、特別委員会の要請を受けて提示価格は2回引き上げられています。買い手が人材と顧客基盤を評価した結果です。

制度面の後押しもあります。オープンイノベーション促進税制は2028年3月末まで延長され、スタートアップ買収時に株式取得額の25%を控除できる枠組みが続きます。買い手にとって、買収は投資であると同時に節税にもなる設計です。

産業・社会へのインパクト

この変化は、スタートアップ業界の外側にも影響を広げます。ここでは3つの視点から整理します。

第一に、雇用の流動性です。買収によって創業チームが大手企業に入ると、技術と人材が業界をまたいで移動します。プロジェクトホールディングスの案件では、買い手が技術者約3万人からのリファラル採用を見込んでいます。人材の循環が、事業会社の採用戦略そのものを変えつつあります。

第二に、研究開発の継続性です。グロース市場の基準が厳しくなると、売上より研究開発を優先するディープテック企業は上場を急げません。TOKYO PRO Marketや非公開のままの資金調達が選ばれれば、時間のかかる研究を続けやすくなります。

第三に、個人投資家の選択肢です。小型の新規上場が減れば、個人が少額で成長企業に投資する機会は細ります。一方で、非上場株のセカンダリーマーケットやプロ市場が整えば、別の入口が生まれます。市場の入り口が多様化するのは、投資家にとって歓迎すべき変化です。

課題と今後の展望

もっとも、この流れには課題もあります。上場までの期間が延びれば、成長資金の供給が細る可能性があります。時事通信は、東証グロース市場の改革によってIPOまでの期間が長期化し、スタートアップへの資金供給が課題になると報じました。門を狭くすることと、資金を届けることは、本来は両立させる必要があります。

金融庁は、非上場株の流動性を高める方向で制度を検討しています。早期のIPOを避け、中長期の成長を促す狙いです。国税庁も、非上場株の評価方法について現行の不公平さを是正する方向で検討に入りました。出口の制度が、上場から非上場まで含めて設計し直される局面です。

海外では大手の動きも続きます。Anthropicは早ければ11月半ばの新規株式公開を目指して準備を進めていると報じられ、国内でも不動産DXのestieが11月6日のグロース市場上場を予定しています。大型と中小の上場が同時に進む、ねじれた1年になりそうです。

【FAQ】グロース市場改革とスタートアップの出口に関するよくある質問

ここでは、よくある質問と回答をまとめました。制度の細部と実務の感覚を、あわせて確認してください。

質問回答
新しい上場維持基準はいつから適用されますか?2030年3月1日以後に最初に到来する事業年度の末日から適用されます。上場5年経過後に時価総額100億円以上が必要です。
基準を満たせない場合はどうなりますか?原則として上場廃止の対象になります。改善計画を提出し、期間内に基準へ適合させる道も用意されています。
なぜグロース市場の新規上場が減っているのですか?上場維持基準の引き上げを見据え、主幹事証券会社が上場前から高い時価総額と成長性を求めるようになったためです。
TOKYO PRO Marketに上がるメリットは何ですか?上場後の維持基準が緩く、成長段階でも上場しやすい点です。2025年は新規上場47社と、グロース市場を初めて上回りました。
M&Aで会社を売る場合、何を準備すべきですか?株式の評価根拠、主要顧客との契約、技術の権利関係を整理しておくことです。プロジェクトホールディングスの案件では提示価格が2回引き上げられました。
個人投資家に影響はありますか?小型の新規上場が減り、初値で大きく値上がりする銘柄は減る可能性があります。代わりに非上場株市場という選択肢が広がっています。

まとめ——上場はゴールではなく、通過点になった

上場維持基準の引き上げ、主幹事証券会社の減少、TOKYO PRO Marketの台頭、そしてM&Aの主役化。2026年に起きているのは、出口の再定義です。上場は会社のゴールではなく、通過点になりました。

私はこの変化を、ネガティブには捉えていません。上場のハードルが上がれば、規模の成長を急ぐより、事業の中身を磨く経営が評価されます。時間をかけて価値を作る企業にとっては、追い風にもなり得ます。

自社の成長に合った出口は、どの市場なのか。買収という選択肢を、いつ検討すべきなのか。まずは最新の上場維持基準と自社の時価総額の見通しを確認してください。そして、出口の選択肢が複数あることを前提に、経営計画を組み立ててみてください。制度は変わりますが、成長をあきらめない姿勢こそが、いちばんの資産になるはずです。

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