ハッブルの100倍の視野で「暗黒エネルギー」に挑む——NASAローマン宇宙望遠鏡が打ち上げ成功、日本も参画【2026】

サイエンス

2026年8月30日、NASAの新しい宇宙望遠鏡が宇宙へ旅立ちました。ナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡、通称ローマンです。米フロリダ州のケネディ宇宙センターから、スペースXの大型ロケット「ファルコンヘビー」で打ち上げられました。分離から31分後、望遠鏡は所定の軌道へ投入されています。

向かう先は、地球から約150万キロ離れたラグランジュ点2(L2)です。約3か月かけて機器を調整し、2027年初頭には最初の観測画像が公開される見込みです。

注目すべきは「新型だからすごい」という単純な話ではありません。主鏡の口径はハッブル宇宙望遠鏡と同じ2.4メートル。それでいて一度に写せる空の広さは100倍以上あります。暗黒エネルギーの正体と、太陽系外の惑星を直接見る技術。この二つの難題に同時に挑む望遠鏡です。

ローマン宇宙望遠鏡とは何か——「宇宙の広角レンズ」という設計

NASAが2020年にこの名前を付けるまで、計画はWFIRSTと呼ばれていました。由来はNASA初代主任天文学者のナンシー・グレース・ローマン氏(1925〜2018年)です。ハッブル宇宙望遠鏡の実現をNASA内部や議会へ働きかけて後押ししたことから、「ハッブルの母」と呼ばれた人物です。

口径が同じなのに視野が広いのはなぜでしょうか。鍵は光学系の焦点距離です。ハッブルは同じ主鏡を「ズームレンズ」のように使いますが、ローマンは短焦点化して「広角レンズ」として使います。カメラのレンズを載せ替えたような発想です。

主鏡の表面には銀がコーティングされています。ウェッブ望遠鏡より短い波長の近赤外線に特化するためです。機体は展開後に長さ12.7メートル、幅4.4メートルと大型バスほど。開発・運用費は計43億ドル(約6,900億円)、観測期間は5年で、さらに5年の延長も想定されています。

主力装置である広視野観測装置(WFI)の仕様を見ると、その性格がはっきりします。

項目値
主鏡口径2.4メートル
観測波長0.5〜2.3マイクロメートル
検出器4096×4096画素を18個
総画素数約3億画素
視野0.281平方度(0.8×0.4度)
空間分解能0.11秒角/画素
データ量約4ペタバイト/年(全世界に公開)

視野0.281平方度は、満月の少し上の広さです。0.11秒角という分解能は、ハッブルの近赤外カメラと同程度。広さと解像度を両立させた点が、この望遠鏡の独自性です。

【比較表】ハッブル・ウェッブ・ローマンは何が違うのか

ローマンはハッブルやジェームズ・ウェッブの「後継機」ではありません。得意分野がまったく違う相棒です。3機と地上のすばる望遠鏡を並べると、役割分担が見えてきます。

望遠鏡打ち上げ主鏡主な波長視野主な役割
ハッブル1990年2.4メートル紫外〜近赤外狭い高分解能の撮像・分光
ジェイムズ・ウェッブ2021年6.5メートル赤外狭い最遠方の天体観測
ユークリッド(ESA)2023年1.2メートル可視〜近赤外広い宇宙論サーベイ
ローマン2026年2.4メートル可視〜近赤外ハッブルの100倍以上広域サーベイ
すばる(地上)1999年〜8.2メートル可視〜近赤外さらに広い分光による追観測

広さの差は数字で示せます。ハッブルの広視野カメラ3が432回のポインティングで撮影する範囲を、ローマンはわずか2回でカバーします。5年間の観測で、ハッブルが30年かけて撮像した面積の50倍以上をカバーする計算です。

暗黒エネルギーの謎——「一定」という前提が揺らいでいる

宇宙は約70億年前から、膨張の速度を上げ続けています。その原動力を「暗黒エネルギー」と呼びます。宇宙のエネルギーの約70%を占めるとされますが、正体はわかっていません。

もっともシンプルな説明は、暗黒エネルギーの密度が時間によらず一定という仮説です。アインシュタインが導入した宇宙定数がその代表例でした。ところがこの前提が、近年の観測で揺らいでいます。

地上の分光装置DESIは2025年の解析で、暗黒エネルギーが時間とともに変化している可能性を示唆しました。2026年4月には5年間のミッションを完了し、4,700万個以上の銀河とクエーサーの3次元地図を完成させています。

ローマンの強みは、複数の手法を同じ望遠鏡・同じ装置で同時に走らせられる点にあります。Ia型超新星、弱い重力レンズ、バリオン音響振動。別々の装置で測ると装置ごとの誤差が混ざりますが、ローマンは1台で3手法を並行して検証できます。

観測期間中に測る銀河は約10億個。暗黒エネルギーが本当に一定なのか、それとも時間とともに弱まるのか。この問いに決着をつける候補として期待されています。

太陽系外惑星を「統計」として捉える——重力マイクロレンズ法

二つ目の目標は、太陽系外惑星の全貌をつかむことです。使うのは重力マイクロレンズ法という間接的な手法です。手前の天体の重力で背後の星の光が増光する現象を利用します。惑星が伴っていると、増光のパターンにわずかなずれが現れます。

ローマンは天の川銀河の中心方向を高頻度で観測し、1,000個以上の系外惑星を発見する計画を掲げています。目的は1個を見つけることではなく、惑星の存在頻度や分布という「人口統計」を明らかにすることです。

同じ領域を繰り返し撮影する時間領域観測も計画されています。空の広い領域を何度も写して、宇宙のタイムラプス動画を作るイメージです。明るくなって消える天体や、明るさが細かく揺れる天体を大量に捉えられます。広い視野と高い撮像頻度を両立できるからこそ、この観測が現実になります。

コロナグラフ——地球に似た惑星を「直接」見る技術実証

三つ目の目標は、広視野とは正反対の挑戦です。明るい恒星のすぐそばにある暗い惑星を、直接撮影することに挑みます。

難しさを数字で見てみましょう。太陽系を約30光年先から眺めると、地球は太陽からわずか0.1度角の位置にあります。明るさの比は約100億分の1です。隣のサーチライトの横に置かれた小さなLEDを探すようなものです。

このために搭載されるのがコロナグラフ装置(CGI)です。恒星の光を文字どおり「隠す」だけでなく、周囲に広がる回折光まで打ち消します。宇宙用として初めて可変形鏡を備えた本格的なコロナグラフであり、恒星の10億分の1という暗さの天体を検出することを目指します。

装置には日本の技術が入っています。コロナグラフの心臓部であるマスク基板の製作、偏光観測用の光学系の概念設計と光学素子の提供を、アストロバイオロジーセンターの研究者が企業と協力して担当しました。約40名の貢献者が2年半で5,000近いコミットを重ね、10万行近いコードベースを打ち上げまでに作り上げたといいます。

この実証は、次世代計画「ハビタブル・ワールド宇宙望遠鏡(HWO)」へ直結します。地球型惑星の直接観測に向けた階段の一段目という位置づけです。

日本とすばる望遠鏡が確保した「100夜」

日本はJAXA、国立天文台、アストロバイオロジーセンター、大阪大学を中心にローマン計画へ参加しています。その中でも目を引くのが、すばる望遠鏡が協調観測に計100夜を確保したことです。

役割分担は明確です。ローマンが広い範囲を撮影して天体を見つけ、すばる望遠鏡が分光観測でその距離や性質を詳しく調べます。超広視野カメラ(HSC)や多天体分光器(PFS)と組み合わせれば、宇宙をより多面的に捉えられます。

大阪大学のPRIME望遠鏡(南アフリカ・口径1.8メートル)も協調観測に加わります。JAXAの地上局は、ローマンが送ってくる膨大なデータの受信を担います。

国立天文台ハワイ観測所の小山佑世准教授は、100夜の意味をこう語っています。「すばる望遠鏡は運用開始から25年以上が経過していますが、こうして最先端のRomanに大きな貢献が期待されていることに、身の引き締まる思いです」。Ia型超新星の観測や浮遊惑星の探索が計画され、2027年以降に観測が始まる予定です。

135万人の名前と「ハッブルの母」の遺したもの

ローマンの機体には、記念プレートが取り付けられています。中には135万144人分の名前を記録したSDカードが収められました。NASAの参加型キャンペーン「Send Your Name with Nancy Roman」で集められたものです。

名前の由来となったナンシー・グレース・ローマン氏は、宇宙望遠鏡の実現を推し進めただけでなく、観測データを科学者が広く使えるようにする仕組みづくりにも尽力しました。

その思想は今も生きています。ローマンの観測時間の75%はサーベイ観測に充てられ、データは観測後すみやかに世界中の研究者へ公開されます。残りの25%は公募による一般観測です。年間約4ペタバイトという量のデータが、すべて非専有で共有されます。

私はこの設計に、天文学の進め方そのものが変わったことを感じます。1チームが望遠鏡を占有する時代から、巨大なデータを世界で分け合う時代へ。私の関心は、この公開データからどんな研究が生まれるかに移りました。

課題と今後の展望——初画像は2027年初頭

打ち上げは成功しましたが、本番はこれからです。L2点までの約3か月で機器を調整し、2027年初頭に最初の画像が公開される予定です。コロナグラフ装置は電源投入と較正に時間がかかるため、本格的な技術実証はさらに先になります。

予算や政治の影響も無視できません。海外の報道では、米政権の逆風の中での打ち上げだったことが指摘されています。長期ミッションだけに、運用を継続できるかどうかは科学以外の要素にも左右されます。計画の初期段階では中止や縮小の議論もあり、ここまでたどり着いたこと自体が関係者の粘り強さの証しです。

それでも、期待される成果は大きいものです。暗黒エネルギーが時間変化するのかどうか。系外惑星の分布はどうなっているのか。新しいデータが出るたびに、宇宙定数という最も単純な説明が修正される可能性があります。

日本にとっては、参加を通じて得た知見と国際ネットワークを次世代へ渡すことが財産になります。地上のすばる望遠鏡で培った強みを、宇宙からの観測へつなげる試みです。

【FAQ】ローマン宇宙望遠鏡に関するよくある質問

ここでは、ローマン宇宙望遠鏡についてよく寄せられる質問と回答をまとめました。

質問回答
ローマン宇宙望遠鏡はいつから観測を始めますか?2026年8月30日に打ち上げられ、約3か月かけてL2点へ向かいます。2027年初頭に最初の画像が公開される見込みで、本格的な観測は2027年以降に始まります。
ハッブル宇宙望遠鏡との違いは何ですか?主鏡の口径はどちらも2.4メートルです。ただしローマンは視野が100倍以上広く、広い空を一気に調べるサーベイに向いています。ハッブルは狭い範囲を高分解能で観測します。
暗黒エネルギーとは何ですか?宇宙の膨張を加速させていると考えられる正体不明のエネルギーです。宇宙のエネルギーの約70%を占めるとされますが、その性質はまだ解明されていません。
日本はローマン計画で何を担当していますか?コロナグラフ装置の光学素子やマスク基板の提供、JAXA地上局によるデータ受信、すばる望遠鏡の100夜を使った協調観測などです。
観測データは誰でも使えますか?はい。観測時間の75%を占めるサーベイ観測のデータは、観測後すみやかに全世界の研究者へ公開されます。残りは公募による一般観測に充てられます。
地球に似た惑星は見つかりますか?ローマン自体が生命の兆候を直接捉えるわけではありません。地球型惑星の直接観測に向けた技術実証を担い、その成果が次世代望遠鏡につながります。

まとめ——「見えないもの」を可視化する新しい目

ローマン宇宙望遠鏡は、ハッブルと同じ口径の主鏡で100倍以上の視野を実現しました。暗黒エネルギーの時間変化、系外惑星の分布、地球型惑星の直接観測へ向けた技術実証。一つの望遠鏡が三つの大きな問いに挑みます。

最初の画像は2027年初頭に公開される予定です。宇宙の見方が変わる瞬間を、私たちはこれから目撃することになります。続報が公開されたら、ぜひ公式の発表を確認してください。

見えないものを可視化する新しい目が、いま宇宙の広大なパノラマを撮り始めています。次の発表を、一緒に追いかけてみませんか。宇宙を学ぶ旅を、今日から始めましょう。

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