2026年10月28日、英医学誌ランセットに一本の報告書が掲載されました。世界で1年間に71万人が暑さで亡くなり、その7割以上は人為的な気候変動がなければ起きなかった、という推計です。同じ週、別の研究チームは欧州854都市の夏の死者を5万391人と算出しました。
二つの数字に共通するのは、死者を「異常気象」ではなく「排出源」まで遡って数えている点です。この記事では、その計算を支えるアトリビューション科学の現在地を整理します。何がどこまでわかり、どこから先はまだ言えないのか。2026年は、その境界線がはっきり見えた年でもありました。
2026年、二つの推計が同じ方向を指した
10月後半、気候と健康をめぐる大型の発表が続きました。まずは数字の整理から始めます。
ランセット・カウントダウンは、30カ国以上の100を超える機関から集まった146人の研究者が、54の指標で毎年まとめている報告書です。2026年版では、2016年から2023年までの8年間に世界で約433万人が暑さに関連して死亡し、その68%は気候変動が原因だと推定しました。2023年単独では71万人。マラリア(約59万7千人)やエイズウイルス(約63万人)の死者を上回る規模です。
もう一方は、英インペリアル・カレッジ・ロンドンのクレア・バーンズ氏らがネイチャー・ヘルスに発表した論文です。10月31日公開のこの研究は、欧州30カ国・854都市の6月から8月までの暑さによる超過死亡を5万391人と推計し、約3分の2は人為的な温暖化に帰属できるとしました。
両者は手法も対象期間も違います。それでも「気候変動が原因の死者」を人数で示した点は同じでした。ここ数年、この種の推計が一気に増えた背景には、計算手法の共通化があります。
アトリビューション科学とは、「起きなかった世界」と比べる技術
日本語では帰属科学と訳されます。やっていることは地味ですが、強力です。
基本の手順はこうです。まず観測された気象をモデルで再現します。次に、人間の温室効果ガス排出がなかったと仮定した反実仮想の気候を、同じモデルで何百回も計算します。二つの世界で、同じ暑さが起きる確率を比べる。これがイベント・アトリビューションです。
比べるのは気温だけではありません。地域別・年齢別の死亡データと組み合わせれば、何人分の死が温暖化に帰属するかまで計算できます。欧州の論文がやったのは、まさにこの組み合わせでした。気候モデルの出力と疫学モデルを接続する作業を、チームは確率分布の形でつないでいます。
ここで押さえておきたいのは、帰属科学が出すのは確率と人数だという点です。特定の一人の死因を判定する学問ではありません。集団としての寄与を数字にする技術だと考えると、理解しやすくなります。この性格ゆえに、政策や司法での使い方には慎重さが要ります。
出発点は2003年、欧州で7万人が亡くなった夏
この分野には、はっきりした起点があります。
2003年8月、欧州を記録的な熱波が襲い、各国の集計で7万人前後が亡くなりました。翌年、英チームがネイチャーに発表した分析が、初めて「人為的な温暖化がなければ、この暑さの発生確率は大きく下がる」と定量的に示します。
それから20年あまりで、手法は大きく変わりました。当時は1つの事象を1本の論文で扱うのが精一杯でした。現在は複数のモデルを束ね、地域ごとの死亡データを組み込み、数週間で結果を出す迅速アトリビューションが定着しています。
2026年の欧州論文が10月末に公表されたことにも意味があります。夏が終わって2カ月で、死者数の推計が査読論文として出る。20年前には考えられなかった速度です。速さは、そのまま政策や補償の議論に使えるかどうかを左右します。
2026年夏の欧州——30カ国・854都市・5万391人
では、その2026年の数字を具体的に見ていきます。
西ヨーロッパは観測史上最も暑い夏でした。6月から8月の気温は1991〜2020年平均を2.9度上回り、日によっては平年より12度以上高い地点もありました。研究チームは854都市それぞれについて、気温と死亡数の関係を年齢層別にモデル化しています。
結果は5万391人。過去26年間で最多で、大規模な熱波があった2022年と2003年を大きく上回ります。死者が最も多かったのは85歳以上でしたが、20〜44歳でも800人以上が亡くなりました。暑さは高齢者だけの問題ではありません。
南欧と西欧が特に深刻でしたが、例年涼しい英国など北部でも数千人規模の死者が出ています。涼しい国だから大丈夫という前提が崩れた夏でした。研究チームは、この推計が各国の保健当局による後日の集計とおおむね一致することも確認しています。
日本で起きた「1万年に1回」の7月
日本でも、同じ手法による分析がすでに公表されています。
東京大学大気海洋研究所などが参加する極端気象アトリビューションセンター(WAC)は、7月11日から25日の西日本〜東日本南部の高温を分析しました。上空約1500mの気温について、2026年の気候条件では約37年に1度、1991〜2020年の平年なら約74年に1度の頻度だったとしています。
そして、人間活動による温暖化がなかった場合の発生確率は約0.006%、再現期間にして1万年超でした。WACの結論は明快です。地球温暖化がなければ起こり得なかった、という表現になっています。
興味深いのは、この夏がエルニーニョの影響下にあったことです。エルニーニョは日本の夏の高温を抑える方向に働くため、ブレーキが踏まれた状態でこの記録が出たことになります。気象庁の分析でも、7月中旬の地表気温は北日本と西日本で歴代1位でした。40度以上の酷暑日は延べ36地点で、2010年以降では最多です。
日本の「見えない損失」——3兆円、睡眠38時間、19億時間
死者数だけが被害ではありません。ランセット報告書は、日本について3つの数字を挙げています。
65歳超の暑さ関連死による経済損失は年191億ドル(約3兆円)。夜間の高温で失われる睡眠は1人あたり年38時間。暑さで失われた労働時間は日本全体で年19億時間です。高齢化が進む日本では、緩和と適応の両方が要ると報告書は指摘します。
この3つは、よくある暑さ対策の議論とは層が違います。エアコンの設定温度や熱中症警戒アラートは、当日の被害を減らす対策です。一方でここに出ているのは、すでに積み上がってしまった損失の推計になります。
消防庁の確定値も見ておきます。2026年5〜9月の熱中症搬送は7万7638人で、過去5番目。前年の10万510人から2万2872人減りました。ただし65歳以上の割合は59.7%と直近5年で最も高く、入院が必要な中等症以上も39.7%で最多です。搬送数が減っても、重症化は進んでいます。
数字を読むときの注意——手法の限界
ここまでの数字は強く見えますが、万能ではありません。
全米科学アカデミー(NAS)の2026年報告書は、帰属科学の成熟度を事象ごとに評価しています。熱波や寒波、大規模な豪雨については比較的成熟しているとしました。一方、局地的な雷雨や複合災害は、モデルの解像度と観測データの限界から課題が残るとしています。
もう一つの限界は、帰属と責任は別物だという点です。科学が出せるのは寄与の大きさまでで、誰がどれだけ負担するかは政治と司法が決めます。この区別を曖昧にすると、議論はすぐに壊れます。
私が記事を書いていて引っかかったのも、まさにこの点でした。数字が精密になるほど、では誰が払うのかという問いが置き去りにされやすいのです。不確実性の範囲を明示するほど、数字は弱く見えてしまうという難しさもあります。
「誰の排出か」へ——ソース・アトリビューションの現在地
2026年の議論は、ここから一段深い層に進みました。
従来の帰属科学は、この暑さは温暖化のせいかを扱います。これをソース・アトリビューションに拡張すると、どの企業・どの国の排出が、どれだけの損害を生んだかを計算することになります。
土台になるのが、スタンフォード大のマーシャル・バーク氏らが2026年3月にネイチャーで発表した枠組みです。過去の排出から将来生じる損害を、場所ごとに金額へ変換できます。同論文の試算では、1990年に排出されたCO2 1トンは、2020年までに180ドル、2100年までにさらに1,840ドルの損害を生みます。
他の例も載っています。過去10年間、毎年1回長距離便に乗った人の将来損害は約2万5,000ドル。米国の1990年以降の排出は、インドに5,000億ドル、ブラジルに3,300億ドルの損害をもたらしたとされます。過去の排出による将来の損害は、同じ排出がすでに生んだ損害の10倍以上になる、というのが論文の中心的な主張です。
朝日新聞は10月16日の記事で、この研究の流れを石油会社の排出で熱波被害540兆円という問いの形で伝えました。記事では、専門家が10年以内に裁判で勝訴するケースが出ると予測したことも紹介されています。科学の側の準備は、司法の側の準備より先に進んでいるのが現状です。
比較表:3つのアトリビューション
名前が似ていて紛らわしいので、整理しておきます。問いの立て方が違えば、使える場面も変わります。
| 種類 | 問い | 主な手法 | 強み | 限界 |
|---|---|---|---|---|
| イベント・アトリビューション | この異常気象は温暖化で起こりやすくなったか | 反実仮想の気候シミュレーション | 熱波では信頼度が高い | 局地現象・複合災害は苦手 |
| ソース・アトリビューション | 誰の排出がどれだけの損害を生んだか | 排出量データ×気温応答×経済モデル | 訴訟や損失補償の根拠になる | 損害関数の不確実性が大きい |
| トレンド・アトリビューション | 長期の死者数のうち何割が温暖化由来か | 観測とモデルの時系列比較 | 政策評価に使いやすい | 適応の効果と交絡する |
それでも、対策は効いている
悲観的な数字が並びましたが、報告書は対策の効果も示しています。
化石燃料由来の大気汚染が改善した77カ国では、2016年と比べて年間約32万3,000人の死亡が回避されたと推計されました。気象情報を使った健康の早期警戒システムがある国では、洪水や暴風雨の被害も抑えられています。2025年のクリーンエネルギー投資は過去最高の2.1兆ドルに達しました。
日本向けの含意も同じです。死者数の推計は、もう手遅れだと言うためにあるのではありません。どこに投資すれば命が救えるかを示すために使えます。暑さ関連死の大半は、警戒アラート、冷房の普及、高齢者の見守りといった地味な対策で減らせます。
私の場合は、住んでいる地域の避難所と冷却施設の場所を、今年の夏に初めて確認しました。数字を読んだだけで行動が変わるわけではありませんが、読んだ後に何をするかを決めておくと、記事の意味は少し変わります。
残された宿題——COP31と1.5度
最後に、これから数カ月の論点を整理します。
COP31は11月9日からトルコで開かれます。ランセット報告書は、気候変動を世界的な健康危機として正式に位置づけ、健康を気候政策の成果指標にするよう求めました。国際保健規則に基づく緊急事態宣言の可能性にも触れています。
一方で、世界トップ100の石油・ガス会社は、2040年までに1.5度目標の許容量を150%上回る生産を計画していると報告書は指摘します。国連は数日前、1.5度に抑える可能性はすでに失われたと警告しました。
科学が精密になっても、数字と政策の距離は縮まっていません。2026年は、その距離そのものが可視化された年だったのだと思います。帰属科学の次の課題は、精度を上げることではなく、数字が意思決定のテーブルに載る経路を作ることでしょう。
【FAQ】アトリビューション科学に関するよくある質問
ここでは、よくある質問と回答をまとめました。数字の読み方で迷ったときの参考にしてください。
| 質問 | 回答 |
|---|---|
| アトリビューション科学とは何ですか? | 観測された気象と、温暖化がなかった仮想の気候を比べ、異常気象や死者数への寄与を確率と人数で示す研究分野です。 |
| 特定の人の死因を決められるのですか? | いいえ。個人の死因ではなく、集団としての寄与を推計します。確率論的な結論しか出せません。 |
| 熱波以外も分析できますか? | 大雨や干ばつ、山火事などでも研究が進んでいます。ただし局地的な雷雨や複合災害は精度が下がります。 |
| なぜ欧州の死者数はこんなに多いのですか? | 欧州は世界で最も速く温暖化が進む大陸です。2026年夏の気温は平年比2.9度上回り、高齢化も重なりました。 |
| 日本の推計はどこで見られますか? | 極端気象アトリビューションセンター(WAC)が分析結果を公開しています。ランセット報告書にも日本関連の指標があります。 |
| この数字は裁判で使われますか? | 損失と損害をめぐる訴訟で引用が始まっています。ただし科学の寄与と法的責任は別で、判断は司法に委ねられます。 |
まとめ——数字は、誰のものか
2026年に出た数字を並べ直します。8年間で433万人、2023年だけで71万人、欧州の夏だけで5万391人、日本の7月は1万年に1回の高温。どれも推計で、幅を持っています。それでも桁は変わりません。
帰属科学が面白いのは、気候を「将来のリスク」から「すでに配分された損害」へと組み替える点です。誰の排出が、どこで、何人の命を削ったのか。その計算が粗くても意味を持つのは、議論の土台を感情から数字へ移せるからです。
一次資料は公開されています。関心のある方は、WACの分析ページとランセット・カウントダウンの報告書を確認してください。難しそうに見えますが、図表だけ追えば骨格はつかめます。数字を自分で読む習慣を、今日から始めましょう。

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