「捨てられる熱」を電気に変える——未利用熱発電スタートアップelleThermoが8.3億円調達、STC技術が拓く新たなエネルギー【2026】

スタートアップ

ヒーターの熱、工場の排熱、データセンターの温風。私たちの周りには、今も電気に変えられずに捨てられている「熱」が膨大に存在しています。2026年8月、そんな未利用熱を電気に変える技術を持つスタートアップ「elleThermo(エレサーモ)」が、シリーズAで総額8億3000万円を調達しました。今回は、この挑戦を軸に、注目を集める「未利用熱発電」の最前線を解説します。じつは日本の未来の電力事情を左右するかもしれない、熱エネルギーの可能性に迫ってまいります。

捨てられたエネルギー——日本で起きている「熱の無駄遣い」

私たちが毎日使う電気は、発電所から送られてくるものです。しかし、その電気を作る過程で、膨大なエネルギーが熱として大気中に逃げている事実をご存じでしょうか。世界の一次エネルギーのうち、実際に有効活用されているのは3割程度。残りの約7割は、何らかの形で捨てられています。その大きな割合を占めるのが、発電時や工場運転時に発生する排熱です。

日本も例外ではありません。elleThermoの代表取締役CEOである生方祥子氏によると、日本では輸入したエネルギーのおよそ3分の2が、熱として捨てられているとのこと。石油や天然ガスを高額で輸入しているのに、その大部分を有効活用できていない現実があります。この「もったいない」を解決できれば、エネルギー問題の大きな突破口になりえます。

廃熱回収の市場そのものも、拡大を続けています。背景にあるのは、エネルギー価格の上昇と世界的な脱炭素の流れです。工場や発電所で捨てられていた熱を「資源」と捉え、そこから電力を生み出そうという取り組みは、国内外で徐々に広がりつつあります。

特に注目すべきは、約30度〜60度という「中低温域」の熱です。工場の温排水、家電の発熱、データセンターの排熱、温泉や鉱山の熱、太陽光の熱、車の排気熱。こうした熱は社会のいたるところに存在する一方で、従来の技術では効率的に電力へ変換することが難しいとされてきました。

8億3000万円の調達——elleThermoとは何者か

elleThermoは、東京科学大学(旧・東京工業大学など)発のスタートアップです。「半導体増感型熱利用発電(STC)」と呼ばれる独自技術を使い、これまで利用が難しかった未利用熱を電力に変換することを目指しています。

2026年8月26日に発表されたシリーズAラウンドでは、Spiral Innovation Partnersをリード投資家として、総額8億3000万円を調達しました。この調達により、累計調達額は約12億円に到達しています。今回の資金は、STCセルの研究開発加速や試作ラインの立ち上げ、人材採用に充てられる計画です。

出資者の顔ぶれも興味深いものです。既存株主には慶應イノベーション・イニシアティブ、ヒューリックスタートアップ、みずほキャピタル、KDDI Green Partners Fund、Sony Innovation Fundなどが名を連ねます。さらに、JICベンチャー・グロース・インベストメンツや発電設備大手のタクマが新しく加わりました。エネルギー関連の大手や投資機関が、この技術の将来性に注目していることがうかがえます。

STC——常識を覆す「熱で動く新しい電池」

elleThermoの核となるSTCは、一体どのような技術なのでしょうか。代表的な熱発電の考え方に「熱電変換」があります。これは、材料の一方が温かく他方が冷たい状態にすると、温度の高い側から低い側へ電子や正孔が移動する「ゼーベック効果」を利用する仕組みです。原理は19世紀初頭に発見されており、温度差があれば発電できるシンプルさが特徴です。

一方、elleThermoのSTCは少し発想が異なります。半導体の中で生まれた「熱励起電荷」が、電解質イオンを酸化・還元することで発電するという仕組みです。同じ半導体を使いながら、室温を含む0度以上の温度帯で発電できる点が大きな特徴です。薄くて軽いシート状の基本構造のため、設置場所やスペースに柔軟に対応できます。

開発の進捗も着実です。今年度までに単セル当たりミリワット級の発電出力を実現しました。今後は試作ラインの立ち上げを通じてワット級を目指し、さらに50W級のサーモパネルを商用化する計画です。室温でもリチウムイオン電池を充電できるほどの出力を、将来は実現できる可能性を秘めています。

私は今回の取材を通じて、この技術の「身近さ」に驚きました。熱発電というと巨大な工場の話のように感じるかもしれません。しかし、STCは薄くて軽いシート状のため、家電製品や壁面にも組み込める可能性があります。未来の暮らしの中で、熱を電力に変える仕組みが当たり前になるかもしれないのです。

この投資家への説明では「永久機関ではないか」という誤解と向き合ってきたと、生方氏は語ります。熱だけで電気を作り出すと聞くと、エネルギー保存の法則に反するように思えるかもしれません。しかし、STCは温度差のある環境から熱エネルギーを電気に変換するものであり、物理学の法則に反しているわけではありません。もともと捨てられていた熱を回収する、というのが正しい理解です。熱は、光と違って身近に常に存在しているエネルギーの宝庫なのです。

【比較表】廃熱発電の主要技術——それぞれの立ち位置

廃熱から電力を取り出す技術は、STCだけではありません。特徴を比較して、未利用熱発電の全体像を掴みましょう。

技術得意な温度帯発電量の規模主な特長
STC(elleThermo)室温〜60度程度小〜中(50W級パネルへ)薄く軽いシート状、低温域から発電
熱電変換(ゼーベック)中〜高温まで対応小〜中可動部がなく長期安定、宇宙探査でも利用
ORC(有機ランキン)80〜200度程度中〜大既存発電所の排熱回収で実績
蒸気タービン高温・高圧大規模発電の定番、ただし低温域は苦手

この表からわかる通り、従来の技術が得意としてきたのは中高温域の熱です。私が特に注目したのは、STCの強みが従来技術のカバーできない低温域にある点です。室温付近の熱まで電気に変えられる技術は数少なく、ここに競合との差別化ポイントがあります。私自身も、この低温域への挑戦が熱発電の本命ではないかと感じています。

なぜ今、未利用熱なのか——データセンターと電力需要の追い風

なぜ今、未利用熱発電が注目を集めているのでしょうか。最大の理由は、世界の電力需要が急速に伸びていることにあります。AIやクラウドサービスの普及に伴い、半導体工場やデータセンターの増加・大規模化が進んでいます。それに伴い、今後の電力需要は急拡大が見込まれています。

データセンターは膨大な電力を消費し、その過程で大量の排熱を生み出します。この「捨てるしかない熱」を電力に変えられれば、データセンターのエネルギー効率を大幅に向上させられる可能性があります。投資家もこうした背景を踏まえ、電力創出における未利用熱活用をエネルギー領域における重要テーマと位置づけています。冷却に使われる冷房設備は、実はデータセンター全体の電力の大きな部分を占めるともいわれており、排熱を電源に回せれば、この構造そのものを改善できるでしょう。

脱炭素の流れも追い風です。再生可能エネルギーの普及が進む一方で、これまで活用されてこなかったエネルギーを有効利用する技術への期待が高まっています。既存の設備から出る熱を回収して発電するという考え方は、新規に巨大な発電所を作らずに電力を増やせる点で、脱炭素社会の実現に貢献するものといえるでしょう。加えて、電気を作る過程で発生する熱を再び電力にできる、という循環の仕組み自体が、省エネルギー社会への重要な一歩になります。

課題——突破口から量産までの険しい道のり

技術の可能性は大きいものの、乗り越えるべき課題も少なくありません。まず挙げられるのは発電効率と出力の向上です。現在のミリワット級から、実用的なワット級、さらには50W級のサーモパネルへとスケールアップする必要があります。発電量が少なければ、現実の電源として採算が合いません。

次に、コストの問題があります。薄く軽い構造とはいえ、新技術の量産には初期投資が欠かせません。普及のためには、導入側が納得できるコストパフォーマンスの実現が求められます。2027年度までの試作ライン立ち上げと、その先のパイロット生産が、商業化の成否を左右する重要なステップになるでしょう。

また、そもそも中低温の熱はエネルギー密度が低いという難しさもあります。高温の蒸気は発電に十分なエネルギーを持っていますが、30度から60度の熱は変換効率が低くなりがちです。だからこそ、STCのように低温域に特化した技術を、どれだけ効率よく実用化できるかが勝負になります。

耐久性や信頼性の確保も重要です。長期間にわたり安定して発電できる品質が求められます。中には「永久機関」と誤解されたり、採算性を疑問視されたりする声もあったと関係者は振り返ります。革新的なエネルギー技術は、理論の確かさだけでなく、実証と量産という遠いゴールに向かって一歩ずつ進んでいくことが求められるのです。

宇宙から街まで——広がる熱発電の可能性

未利用熱発電の可能性は、地上の工場やデータセンターだけにとどまりません。産総研(産業技術総合研究所)は2026年、熱電変換技術を使った「半永久電源」を宇宙探査のために開発するプロジェクトを本格始動させました。太陽光が届かない場所でも、温度差があれば発電できる熱電変換は、過酷な宇宙環境での電源として期待されています。放射性同位体を熱源に使う方式は先行して米国などが開発を進めており、日本がこの分野に本格参入する動きにも注目が集まっています。

elleThermo自身も、将来的には未利用熱を活用した「分散型電源」の社会実装を目指しています。個々の建物や設備で電気を作る「エネルギーの地産地消」を実現できれば、送電ロスを減らし、電力需要の効率化につながります。データセンター、工場、発電所、そして身の回りの熱まで。熱発電は、私たちの生活のすぐそばに眠っているエネルギーを掘り起こす技術なのです。この技術が日常に溶け込めば、私たち一人ひとりの暮らしも少しずつ変わり始めるでしょう。

FAQ——未利用熱発電に関するよくある質問

ここでは、未利用熱発電やelleThermoに関する疑問をまとめました。

質問回答
未利用熱発電とは何ですか?捨てられている排熱や温排水などの熱を、電気に変換する技術のことです。特に低温域の熱を活用する点が特徴です。
STCの作る発電量は今どれくらいですか?単セル当たりミリワット級で、今後ワット級、そして50W級のパネルを目指しています。
既存の太陽光発電とどう違いますか?太陽光は光がないと発電できませんが、熱発電は温度差があれば動けるため、昼夜や天候に左右されにくいのが特徴です。
どこに導入が期待されていますか?工場、データセンター、温泉・地熱、家電、太陽光熱、モビリティなどへの応用が検討されています。
環境への影響はありますか?燃料を燃やさず熱を回収するため、追加のCO2排出を抑えられるエネルギー技術として期待されています。

まとめ——捨てられる熱を、未来の電力へ

日本で輸入したエネルギーの約3分の2が熱として捨てられている現実。その熱を電気に変える未利用熱発電は、エネルギー問題の新しい解になりつつあります。elleThermoの8億3000万円の調達は、この分野への期待の高まりを象徴する出来事です。

技術が量産に至るまでには、まだ時間がかかるでしょう。それでも、室温で発電する「新しい電池」が実用化されれば、私たちの電力の作り方は少しずつ変わっていくはずです。身近に眠る熱エネルギーへの注目は、これからさらに高まりそうです。熱が電気に変わるその瞬間を、ぜひ見守っていきたいものです。

世界の電力事情を左右するかもしれない熱発電の未来を、ぜひ確認してください。そして、ぜひ今から始めましょう。身近な熱への小さな気づきが、未来の電力の大きな変化につながっていくのです。毎日の生活の中で、今まで気にも留めなかった「熱」に目を向けてみると、新しい発見があるはずです。

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